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<決して金持ちの道楽に非ず。富豪実業家のビジョンと競争心が、宇宙開発に革新をもたらす> 「偉大な人が素晴らしいことをしようとすると、小さい者たちが阻止しようとする」。フランク・ディレイニーは小説『アイルランド』でそう書いている。イギリスの実業家リチャード・ブランソンとアマゾンの創業者ジェフ・ベゾスが、それぞれ自前の商用宇宙船で宇宙に行くと発表した際に、怒りやあら探しが出たのも無理はないのだろう。 批判の論調は、バーニー・サンダース米上院議員のツイートに凝縮されている。「地球上で最も豊かな国で、国民の半分が給料日まで食いつなぐ暮らしをしていて、医者に行くのもままならない──でも、世界一の金持ちたちは宇宙に行く!」 ブランソンは7月11日、自らが設立したヴァージン・ギャラクティックが開発した宇宙船「VSSユニティ」で宇宙空間に到達した。自分の夢をかなえただけでなく、個人による宇宙開発という待望の時代の幕開けを告げた。 ブランソンは億万長者の三つどもえ戦で勝ち名乗りを上げた。ベゾスが自ら設立したブルーオリジンが開発したロケット「ニューシェパード」でカプセル型の宇宙船を打ち上げ、ブランソンと同じ偉業を成し遂げたのは7月20日。電気自動車大手テスラモーターズの共同創業者兼CEOイーロン・マスクは、自ら設立したスペースXが開発した宇宙船「クルードラゴン」で、今年9月に民間人を地球周回軌道に乗せる「宇宙観光」を計画している。 エゴがビジネスに勢いをもたらす 彼らの宇宙飛行は、エゴを競う危険で壮大な無駄遣いにすぎず、その数億ドルを地球上でもっと有効に使えるはずだと、お決まりの批判を浴びている。 確かに究極のエゴ競争だ。しかし、エゴを追求しなければ、ビジネスの歴史はつまらないものになり、米経済ははるかに勢いを失う。 トーマス・エジソン、スティーブ・ジョブズ、オプラ・ウィンフリー。新しい産業のトレンドが生まれるときは、自己主張の強い起業家が必要だ。彼らの起業家精神と行動が建設的なものでなければ、彼らが率いる産業もろとも淘汰されただろう。 筆者(グレッグ・オートリー)はヴァージン・ギャラクティックのプロジェクトに携わり、ブランソンが2004年に同社を立ち上げた日から彼を見てきた。実際に会うと、常にその瞬間を大切にして、目の前にいる相手に純粋に集中する人だと分かる。彼と別れるときは、本物の友人になれたような気がした。 重要なのは、こうした人間性が宇宙船の設計に反映されていることだ。VSSユニティは飛行機に似た形で、操縦士が搭乗し、母船の航空機につり下げられて離陸する。 ===== 地球に「帰還」したベゾスの一行 BLUE ORIGINーREUTERS ブランソンが手掛けるシステムは、常に人間が操縦かんを握る。まるでヴァージン航空に搭乗したときのように。ヴァージンでの体験は全てがパーソナライズされた「人間的な触れ合い」だ。 一方で、ベゾスは「非人間的な」アプローチを好み、自分の試みをテクノロジーの先導に委ねる。ニューシェパードにパイロットは搭乗せず、ロケットの打ち上げからパラシュートで降下して着陸するまで、全てのプロセスが自動化されている。 ベゾスが宇宙行きの最初の切符を匿名のネットオークションにかけたことは(2800万ドルで落札された)、傲慢と見なされた。ブルーオリジンが自社とヴァージンの宇宙船の技術を比較した強気な資料を発表すると、億万長者のロケットの大きさはエゴの大きさだと揶揄された。 地球周回軌道へのロケット打ち上げ市場と衛星インターネット分野でベゾスと競争しているマスクは、ブランソンの旅立ちを現地で見送った。噂ではヴァージンの宇宙旅行を予約済みで、前払い金を払ったといわれている。 もっとも、エゴの戦いや、起業家の性格の違いが企業に与える影響は、腹も立つが興味をそそられる。 第4次産業革命の火花 億万長者が民間資本を投じて新しい産業を興し、高収入の雇用を創出して、人類のために新しい資源を開発する。あるいはジェット機やヨット、豪邸を買いあさる。あなたはどちらを見たいだろうか。 彼らのリーダーシップのおかげで、宇宙分野への民間投資は、今や公共投資を上回る。ロケットの打ち上げ費用は数十年にわたり着実に上昇していたが、競争が働いて50%以上、安くなった。 恩恵は公的部門にも広がっている。NASAと国防総省は、より高性能なロケットと柔軟性のある打ち上げスケジュールを利用できるようになり、納税者にとっては数十億ドルの節約になった。 億万長者のエゴは、それだけで新しい産業革命の先駆けとなる。金銭的、物理的、環境的な利益を超越した公共的な利益は、地球上でカネを使ってもたらされる直接的な利益を、もしかすると上回るかもしれない。サンダースの言うとおり、地球上の問題と宇宙の問題は、それほど懸け離れていないのだろう。 ブランソンやベゾス、マスクの強烈な個性は、誰も行ったことのない場所に私たちを連れて行ってくれる。宇宙に関する彼らのビジョンは、第4次産業革命の目玉でもある。 壮大なエゴが繰り広げるショーを楽しみ、可能性を想像してみようではないか。 From Foreign Policy Magazine