自傷行為と脳の関係が解き明かされました。
米国のミネソタ大学で行われた研究によれば、リストカットなどの自傷行為をしている少女たちの脳を調べたところ、恐怖を感じる脳領域(偏桃体)の活動量が変化し、理性にかかわる脳領域(前頭前野内側)との接続性が低下していた、とのこと。
さらに重度の自傷行為を行っている少女たちは、ストレスを感じてもストレスホルモン(コルチゾール)の分泌が鈍くなっていました。
どうやら重度の自傷行為の裏には、脳の接続不良やホルモンの分泌不足など、神経系の物理的な異常が潜んでいるようです。
研究内容の詳細は『Development and Psychopathology』で公開されています。
目次
- リスカなどの自傷行為の根底にある脳のメカニズムを解明!
- 自傷によって脳の接続が失われ「恐怖」が壊れる
- 「逃げ」のリスカが自傷中毒を引き起こす
リスカなどの自傷行為の根底にある脳のメカニズムを解明!
リストカットや髪むしりなどに代表される自傷行為は、生き残ろうとする生存本能に反する現象です。
しかし自傷行為の発生率は低くなく、青年期における有病率は17%にも及びます。
ちょっとした毛抜きにハマってオデコの端に無毛ゾーンを作ってしまった……という軽度な現象も医学的には自傷行為としてカウントされるからです。
一方、こうした自傷行為を行うことで「心が落ち着く」ことが過去の研究でも報告されており、自傷行為は何らかの脳の異常による「結果」だけではなく、ストレスに対する「手段」として用いられていると考えられています。
ですが自称行為の根底にある神経メカニズムは、これまで解明されていませんでした。
そこで今回、ミネソタ大学の研究者たちは自傷行為をしてしまう12歳~17歳の少女たち168人を募集し、圧迫面接を用いたストレスへの反応と、MRIを用いた脳活動の調査が行われました。
結果、重度の自傷行為を行っていた少女たちは、軽度や中程度の自傷を行っている少女たちよりも、面接中に高いストレスを感じる傾向にありました。
しかしストレスの尺度に使われるストレスホルモン(コルチゾール)の濃度を調べたところ、重度の自傷を行っている少女たちのストレスホルモンは他の少女たちに比べて低いレベルにあることが判明します。
つまりストレスは感じやすいのに、ストレスと戦うためのホルモンが分泌されていなかったのです。
同様の結果は、自傷行為を行う10代の若者のストレスホルモンを調べた過去の研究結果と一致します。
自傷行為を行う若者は一般に、ストレスホルモンの分泌レベルが低かったのです。
ストレスホルモンは多すぎるとうつ病の原因になりますが、ストレスと戦うために体を興奮・覚醒させ、ネガティブな感情を取り払う効果も存在します。
一方で、自傷行為によってストレスホルモンが増加することが知られています。
そのため研究者たちは、自傷行為はストレスホルモンの分泌に異常がある若者たちによって、ストレスホルモンを得るための代替方法として「覚せい剤」のように使われている可能性があると考えています。
何か嫌なことがあると自傷行為に走るのも、自傷によって得られるストレスホルモンでネガティブな感情を追い払うことができるからでしょう。
しかしより興味深い結果は、MRIで脳を調べることで得られました。
自傷によって脳の接続が失われ「恐怖」が壊れる
今回の研究では少女たちの脳も、MRIを用いて調査されました。
具体的には、MRI内部で「恐怖画像」を見てもらい、恐怖を司る偏桃体と理性を司る前頭皮質の間のつながりを調べるのです。
この恐怖と理性のつながりが機能していると「動物園でクマを見ても怖くないが、森で合うクマは恐い」と判断できます。
しかし調査の結果、重度の自傷行為を行っている少女たちは恐怖画像によって偏桃体が活性化せず、偏桃体と前頭葉の接続も低くなっていると判明します。
再びクマでたとえるならば、動物園であうクマと森であうクマの怖さの違いが認識できないだけでなく、クマそのものにも怖がらなくなっている状態と言えるでしょう。
研究者たちは自傷を繰り返すことで、恐怖と理性を管理する回路が「摩耗」してしまっていると考えました。
「逃げ」のリスカが自傷中毒を引き起こす
今回の研究により、自傷行為の背後にはストレスホルモンの分泌不足があり、自傷は偏桃体と前頭葉の接続を損なうことが示されました。
自傷行為によって分泌される大量のストレスホルモンは、ストレスと戦うための手段になりますが、慢性化すると自傷なしにはストレスに対処できなくなってしまいます。
また繰り返される自傷によって精神が消耗すると恐怖を司る偏桃体の働きが鈍り、理性を司る前頭皮質との接続も弱まり、正常な恐怖を感じることも難しくなる可能性があります。
結果、些細なストレスも大きなストレスとなり、ストレスを緩和するために自傷に至り、さらに脳への異常が蓄積していきます。
ある意味では自傷は覚せい剤のような働きを持っていると言えるでしょう。
簡単には癒えない心の傷を、ある程度は治ることがわかっている体の傷で埋め合わせようとする行いは魅力的だと言えますが、残念ながら長続きはしないようです。
統計的に自傷行為と自殺は深く結びついていることが判明しているからです。
強引な自傷という手段を用いたストレスからの逃げは一時的な対処に過ぎず、問題を先送りにして解決をより困難にするからです。
ただ幸いなことに、自傷をやめることで神経生物学的な異常は元に戻るとされています。
研究者たちは今後、自傷がどのような経緯で発生したかを調べていくとのこと。
いくつかの自傷は幼年期の虐待が原因であるとされており、虐待が脳の接続変化やストレスホルモンの分泌不良を起こした可能性があるからです。
もし詳しい仕組みが解明されれば、自傷がピタリと止まる薬が開発されるかもしれません。
参考文献
New study sheds light on the neurobiological mechanisms underlying non-suicidal self-injury
New study sheds light on the neurobiological mechanisms underlying non-suicidal self-injury
The Self-Harming Brain New research looks at the neurobiology of self-harm in teens.
https://www.psychologytoday.com/us/blog/domestic-intelligence/202001/the-self-harming-brain
元論文
Multimodal assessment of sustained threat in adolescents with nonsuicidal self-injury
https://www.cambridge.org/core/journals/development-and-psychopathology/article/multimodal-assessment-of-sustained-threat-in-adolescents-with-nonsuicidal-selfinjury/698AD1E73B8E0061BA9C48156F63AA40
Incidence, clinical management, and mortality risk following self harm among children and adolescents: cohort study in primary care
https://www.bmj.com/content/359/bmj.j4351