生きている機械「ゼノボット」に自己複製能力が加わったようです。
米国タフツ大学(TU)とバーモント大学(UVM)で行われた研究によれば、カエルの細胞から作られた、生きている機械「ゼノボット」に自己複製能力が確認された、とのこと。
初期型の歩行能力があるゼノボットMk1、自律的に形態変化して遊泳するMk2に続き、Mk3ではついに効率的な自己複製能力が獲得されたようです。
生体機械技術の最先端では、いったい何が起きているのでしょうか?
研究内容の詳細は『PNAS』にて公開されています。
目次
- ゼノボットはカエルの細胞から作られる
- ゼノボットは細胞を集めてコネて子孫を作る
- ゼノボットは多細胞生物の先祖返りした姿かもしれない
ゼノボットはカエルの細胞から作られる
機械の構成パーツを細胞に置き換えるという発想は、かつてはSFの中にのみ存在していました。
ですが2020年の1月にカエルの筋肉細胞を3次元的に組み合わせることで歩行能力を持たせたゼノボットMk1が開発されます。
ゼノボットMk1は細胞が蓄えた栄養素を酸素呼吸によってエネルギーに変換することが可能であり、また上の動画のように、形状を組み変えることで動き方までプログラム可能な新しい生体機械となしました。
しかし2021年の3月には、より不思議な仕組みをもったゼノボットMk2が開発されます。
ゼノボットMk2はMk1とは異なり、人間が細胞を組み上げるような手間を必要としませんでした。
ゼノボットMk2を作る方法は極めて簡単であり、カエル胚から表面細胞を切り出すだけでした。
ですが驚くべきことに、切り出された表面細胞は自律的に球体へとトランスフォームし、べん毛を生やして泳ぎ回るようになったのです。
切り出された細胞は本来ならばオタマジャクシの皮膚になる予定でしたが、胚発生(オタマジャクシになる運命)から分離されたことで、細胞たちは独自路線で発達し、新たな生物のように、べん毛をはやして遊泳するようになったのです。
さらにゼノボットMk2の泳ぎ回っている水槽に砂糖などの栄養素を加えたところ、体の表面から栄養素を取り込んでエネルギーを作り出し、何日も生き続けることが確認されました。
脊椎動物であるオタマジャクシに由来する細胞が、微生物のようにべん毛で遊泳しながら、環境からエネルギーを取り込むという事実は、細胞に秘められた可能性の大きさを感じさせます。
しかし今回の研究では、これまでの発見が吹き飛んでしまうような、驚愕の機能が発見されました。
ゼノボットには、既存の生命とは全く異なる方法で自己複製を行う能力があったのです。
ゼノボットは細胞を集めてコネて子孫を作る
発見のキッカケはゼノボットMk2の奇妙な遊泳パターンにありました。
ゼノボットMk2の遊泳パターンは独特であり、周囲にある粒子ばらまくと、1カ所に凝集されるような動きがみられことが知られていました。
そこで研究者たちは、泳ぎはじめた12体のゼノボットMk2の周りに、新たにカエル胚から単離した6万個の幹細胞を配置。
ゼノボットMk2の動きが新たな幹細胞(追加素材)にどのような影響を与えるかを観察しました。
すると予想通り、ゼノボットMk2は周囲の幹細胞をコネ合わせるように凝縮しはじめました。
そして5日ほどして幹細胞の塊が一定の段階に達すると、塊はゼノボットMk2のように表面にべん毛をはやして泳ぎ始めたのです。
さらに自走しはじめたゼノボットMk2の子供もまた周囲の幹細胞をコネ合わせ、孫の世代を作り出しました。
この結果は、ゼノボットMk2にはある意味で、自己複製を行う能力があることを示します。
現在地球上には無数の生命体が存在しますが、物理的な力(コネ合わせ)によって子孫の体を形作る種は存在しません。
オタマジャクシとなる運命から解放された細胞は、100%カエルの遺伝子を持ちながら完全に独自の遊泳体を形成し、集合知にも思える「何か」や高度な可塑性(柔軟性)を駆使して、自己複製を達成していたのです。
ゼノボットは多細胞生物の先祖返りした姿かもしれない
今回の研究で、カエル胚に由来する細胞がオタマジャクシとは異なる遊泳体を構築し、運動によって次世代を作りあげることが示されました。
カエルの胚は細胞運命を連鎖的に決定する強い拘束力によって1個の受精卵からオタマジャクシの体全体を作り上げていきます。
しかし胚から摘出され、オタマジャクシになる運命から解放された細胞たちは、独自の遊泳体を構築し、その運動パターンはなぜか最初から、自己複製を可能にする動きになっていました。
現在のところゼノボットたちがなぜ表面にべん毛を生やして、細胞をコネ合わせるように泳ぐのかは不明です。
もしかしたら、オタマジャクシになる運命から逃れたことで、より原始的な存在に先祖返りしているのかもしれません。
だとすれば、初期の多細胞生命も親のコネ合わせによって子孫を多細胞体に誘導していた可能性がでてきます。
研究者たちはゼノボットを調べることで、地球生命の進化を解明できる可能性があると考えています。
また追加の研究では、ゼノボットの遊泳パターンが分析され、どのような形状が最も子孫を残すかがシミュレートされました。
球形のゼノボットは子孫をコネ合わせる能力があったものの、子孫は親よりも小さくなりがちであり、子孫の形成はすぐに途絶えてしまったからです。
結果、C字型の構造が、細胞を集めてコネ合わせるのに最適だと判明します。
そこで研究者たちは上の図のようにゼノボットをC字型に加工した「ゼノボットMk3」を作成し、自己複製が改善されるかどうかを試してみました。
すると、C型に加工されたゼノボットは最大で4世代の子孫(子孫は球形)を生成し、子供や孫として生成されるゼノボットの数も2倍になりました。
この結果は、ゼノボットの形を制御することさえできれば、安定的な遊泳体としてゼノボットを継代培養できることを示します。
研究者たちはゼノボットを研究することで、自己複製システムの根幹に迫ることができると考えています。
またゼノボットの運動パターンを制御することができるようになれば、薬を病巣に届ける生分解性の配達屋としても利用可能になるでしょう。
さらにカエル胚以外(たとえばマウス胚やヒト胚)においてもゼノボットと同じような遊泳体を生み出す能力があるのかも気になる所です。
もしかしたらゼノボットが、生命の仕組みを探るツールとして生命科学をけん引する日が来るかもしれません。
参考文献
Team Builds First Living Robots That Can Reproduce
https://www.uvm.edu/news/story/team-builds-first-living-robots-can-reproduce
元論文
Kinematic self-replication in reconfigurable organisms
https://www.pnas.org/content/118/49/e2112672118