開発コードネーム「Alder Lake」で呼ばれてきたIntelの「第12世代Coreプロセッサ」は、デスクトップPC版とノートPC版の両方があることがすでに明らかにされている。そのうちデスクトップPC版の「K SKU」(ケースキュー)と呼ばれるオーバークロック向けバージョンが10月に発表され、11月から市場に出回っている。
そのデスクトップPC版Alder Lakeの製品開発責任者を務めたIntel エンジニアリング&ベリフィケーション担当部長 ガイ・シャレヴ氏にお話を伺う機会を得たので紹介したい。
メインストリーム向けのCPUで初めて採用されたハイブリッドアーキテクチャ。Eコアが性能向上のカギに
シャレヴ氏は、Intelがイスラエルのハイファに持つ開発チームで、デスクトップPC版Alder Lakeの開発をリードしてきた人物だ。
インタビューでは開口一番に、「我々の第12世代CoreプロセッサのデスクトップPC版は、最高のゲーミングPC向けCPUだと自負している。そして、メインストリーム向けのCPUにハイブリッドアーキテクチャを採用した最初の製品であり、今後のx86 CPUの歴史を変える画期的な製品になると確信している」と述べ、競合他社の製品を性能で上回っていることを強調した。
その性能に関しては、本誌にて以下のレビュー記事が掲載されているので、そちらを参照いただきたい。実際に概ね競合他社に匹敵するか上回る性能を発揮している。
Alder Lakeが高い性能を発揮する秘密は、シャレヴ氏の言う「ハイブリッドアーキテクチャ」にある。実はIntelがハイブリッドアーキテクチャを導入したのは、この製品が初めてではない。
開発コードネームLakefieldで知られる「Intel Core processors with Intel Hybrid Technology」で、Pコア(Performanceコア、1xCoreプロセッサ)と、Eコア(Efficiencyコア、4xAtomプロセッサ)という2種類のCPUコアを切り替える仕組みがを採用されているからだ。
性能が必要な時にはPコアに切り替えて実行し、場合によってはEコアもすべて使って性能を引き上げる。その一方で、アイドル時など消費電力を極限まで引き下げたい時にはPコアをオフにして、Eコアでだけ実行するというのがLakefieldのハイブリッドアーキテクチャの考え方だ。ArmアーキテクチャのCPUが、big.LITTLEの考え方でアイドル時の消費電力を最小限に抑えているのと同様と言える。
第12世代Coreのハイブリッドアーキテクチャもそうしたことは可能だが、PC向けの製品ということを反映して、主眼を「処理能力」に置いていることが大きな違いになる。以下の記事で説明している通り、Alder LakeのCPUコアはPコアがGolden Cove、EコアがGracemontとなる。
簡単にまとめると、Golden Coveは第10世代Core(Ice Lake)に採用されていたSunny Coveの流れを汲むもので、第11世代Core(Tiger Lake)に採用されていたWillow Coveの後継に位置付けられる。その特徴として、低レイテンシを実現した高いシングルスレッド性能を実現したCPUコアと言える。
それに対して、Eコアに採用されたGracemontは、Atom系のコアだ。そのため、電力効率がCove系よりも優れており、4コア構成のGracemontは2コア構成の第6世代Core(Skylake)と同じ性能を実現しながら、消費電力を80%削減できているという。
Intelは、そのEコアをマルチスレッド時の性能を引き上げるために使っていることが特徴的だ。
シャレヴ氏は「Pコアはフォアグラウンドのタスクを高い性能で実行するために設計されたものだ。それに対してEコアはバックグラウンドのタスクを効率よく、そしてマルチスレッドの処理をより効率よく行なうために設計されている。
そうした2つの種類のコアを活用するためにIntel Thread Directorが存在しており、Windows 11に対してより効率よく実行するためのヒントをもたらすことで、OSと協調して最高のユーザー体験を顧客に提供できる」という。
PコアはCPUが行なう処理のうち、シングルスレッドで動くアプリ、例えばWordやExcelなどのOfficeなど、フォアグラウンドで実行されるアプリを動かすのに活用される。
それに対してEコアは、バックグラウンドで動き続けるアプリ(SkypeまたはSlackのような常時クラウドと通信するもの)といったものや、マルチスレッド処理時に割り当てて実行される。
それらのタスクの割り当てを、OSのスケジューラと協調して行なうのがIntel Thread Directorだ。同機能はCPUの内部を常にモニタリングしており、その動作状況をOSのスケジューラにヒントとして渡す仕組みになっている。なお、現状ではWindows 11のみに対応する。
もしIntel Thread Directorがなければ、Eコアに割り当てた方が効率よく実行できるマルチスレッド処理が、Pコアに割り当てられてしまうということが発生する。
特に古いアプリは、ハイブリッドアーキテクチャの存在を知らないので、マルチスレッド実行をCPUコアすべてに強制しようとしたりする。そうした古いアプリでも、うまく割り当てを行なうのがIntel Thread Directorの役目になる。
AppleのM1が登場した時は、マルチスレッド性能の高さによるベンチマークスコアが衝撃的だったが、実のところよく見てみると、シングルスレッドの性能は、第11世代Core(Tiger Lake)とあまり変わらなかった。
M1とTiger Lakeでどこに差があったのかと言えば、Eコア(高効率コア)で、マルチスレッド時にEコアを使うというのが大きく影響した。従って、Intelの第12世代Core(Alder Lake)でもベンチマーク時のマルチスレッド処理でEコアが使われれば、大きな性能向上に繋がると言える。
DDR5とDDR4の両方に対応する第12世代Core
第12世代Coreではプラットフォーム側でも新しい機能に対応している。シャレヴ氏は「第12世代Coreでは新しいDDR5メモリとPCI Express 5.0に対応している。そうした機能も、ゲーミングPCとしては重要なアップグレードだ」と述べている。
一般的にメモリの高速化は2つの側面がある。1つはメモリレイテンシの削減であり、もう1つがメモリ帯域幅の増大だ。進化を重ねてきたDDR DRAMだが、実のところメモリレイテンシはさほど削減されていない。
というのも、DDRは1クロックあたりに送ることができるデータの数を増やすことで高速化する技術であり、メモリの中のデータをCPUへと送るという単純なメモリアクセスという観点では、さほどレイテンシは削減されていないからだ。
メモリレイテンシの削減は、CPUに内蔵されているメモリ階層の進化(階層の追加や容量の増大)などにより実現されているというのが、近年のCPUの歴史だ。
新しいDDR5のメリットとなるのが、メモリ帯域の増大だ。メモリレイテンシの削減は、言ってみれば道路を走る自動車のスピードが上がるようなもので、自動車が1台しか走っていないような道路であれば性能は向上する。
それに対してメモリ帯域幅の増大は、道路の走行車線を2車線から4車線にして、そこを通せる自動車を増やすようなものだ。DDR4からDDR5への進化は、そうした道路の走行車線を増やすタイプのアップグレードになる。
従って、メモリから大量のデータを読み込むような処理、例えばRAWの写真を読み込んで処理する、動画をエンコードするなどの処理を行なう場合に効果がある。ゲーミングPCの場合には、ゲームデータをメモリに大量に読み込む場合などに効果が期待できる。
しかし、新規格のDRAMモジュールは高価で、入手性が悪かったりする。シャレヴ氏は「新しい技術への移行時にはどうしてもそうしたことが避けられない。そのため、我々はお客さまが選択できるようにした」と述べている。
このため、Intelは第12世代CoreをDDR5とDDR4に両対応させており、OEMメーカー(PCメーカーやマザーボードメーカー)は、DDR5またはDDR4対応のマザーボードを作ることができる。
ここで言う両対応というのは、IntelがOEMメーカーに対して2つのデザインガイドを提供するという意味だ。デザインガイドというのは、OEMメーカーがマザーボードなどを設計する時に参照できる参考資料のことで、基本的にそれを元に基板設計が行なわれる。
ユーザーとしては、DDR5のメモリモジュールの入手性が現状あまり良くない中、DDR5メモリとDDR5対応マザーボードが出揃うのを待つのか、それともDDR4環境で今作るのか、悩ましい状況が続くことにはなるだろう。
AAAタイトルのDRMによる非互換問題。OSベンダーやゲームパブリッシャーとの協力で解決の方向へ
第12世代Coreのリリース当初は、ゲームタイトルのDRM問題が指摘された。これはゲームタイトルに含まれている権利処理関連のコードが、第12世代CoreのEコアを誤検出してしまい、ゲーム自体がクラッシュしてしまうというものだった。
このため、第12世代CoreのマザーボードのBIOS/UEFIセットアップに「Legacy Game Compatibility Mode」というモードが追加された。これは、キーボードの「Scroll Lock」を押すとEコアが無効になり、問題を一時的に回避できるというものだった。
これについてシャレヴ氏は「ゲームタイトル側のパッチとWindows側のパッチの両方で対応している。IntelはMicrosoft、DRMのコードを提供するソフトウェアベンダー、そしてゲームパブリッシャーと密接に協力しており、問題を迅速に解決すべく取り組んでいる。これらのことはIntelがお客さまに最高の体験をしていただくために、ゲームパブリッシャーと常に協力している活動の一環だ」と述べた。
実際のところ、Intelが公開しているWebサイトでは「Assassin’s Creed: Valhalla」と「Fernbus Simulator」の2つがWindows 11で問題があるとされているだけだ。当初は50近くタイトルが挙げられていたものの、DRM問題はほぼ解決したと言えそうだ。
ソフトウェアにも影響するような新しい機能が追加された時には、どうしてもこうした非互換性の問題が発生する。我々が問題にしないといけないのは、それが起きることよりも、迅速に解決できたかどうかだ。その意味ではリリース前に解決してほしかったところだが、それでも問題発生からわずか2カ月も経たずしてここまでこぎ着けたことは、合格点と言えるのではないだろうか。
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