キツネの視覚には”ターゲットハッド”がついているかもしれません。
チェコ生命科学大学の先行研究によれば、雪原などで行われるキツネのジャンプ狩りを分析した結果、ジャンプの方向が北に偏っていることが発見されています。
またジャンプ狩りの成功率を調べたところ、北(正確には北北東)へ向けたジャンプ狩りの成功率が74%なのに対して、それ以外の方向へジャンプした場合の成功率が18%未満と判明。
どうやらキツネのジャンプ狩りの精度は北向きに行うと上がるようです。
研究チームは、キツネの目は「北方向の斜め下側」にターゲットハッドが出現するようになっており、聴覚と組み合わせることで、北方向へ向けたジャンプ狩りの成功率を上げている可能性があると結論しています。
視界内のターゲットハッドといえば、SFに登場する戦闘ロボの索敵シーンなどで描かれてきましたが、どうやら現実世界のキツネも(北限定で)持っているようです。
しかし、いったいどうやってキツネは北方向を感知しているのでしょうか?
本研究の詳細は、2011年3月2日付で科学雑誌『Biology Letters』に掲載されたものです。
目次
- キツネのジャンプ狩りは「北向き」が多い
- キツネの視覚には北方向限定で「ターゲットハッド」が存在する
- 網膜に追加情報を表示する基礎技術になる
キツネのジャンプ狩りは「北向き」が多い
ぴょんと跳ねたキツネが、雪や草むらに鼻先をズボっと突っ込んでネズミなどの小動物を狩る「ジャンプ狩り(通称:マウス)」は、動物の生態を紹介する動画などでたびたびお目にかかります。
キツネは獲物の発する物音を感知すると、ゆっくりと音源に向けて近づいていき、間近に接近すると首を左右に振りはじめます。
首を振ることで左右の耳の上下位置をズラし、水平方向だけでなく垂直方向の位置把握が可能になるからです。
そして一定の距離になると、ジャンプして鼻先を雪や草にズボっと突っ込んで、獲物をゲットします。
そんなジャンプ狩りはこれまで、キツネの鋭い聴覚に全てが依存していると考えられていました。
しかし、チェコ生命科学大の研究者たちは、長年キツネのジャンプ狩りを観察するなかで、ジャンプ方向に奇妙な偏りがあることに気付きました。
例えば、西を向いた定点カメラに記録されたジャンプのほとんどは左から右(つまり南から北)であり、東向きに設置されたカメラではその逆の右から左(こっちも南から北)でした。
つまり、異なる地点で観測された異なるキツネであっても、ジャンプの多くが南から北に向けて行われていたのです。
そこで研究チームは、84匹のキツネで観測された600回あまりのジャンプ狩りを分析し、本当にジャンプ方向に偏りがあるかを調べました。
結果、キツネのジャンプ方向は確かに北方向に著しく偏っていることがわかったのです。
また、ジャンプ狩りの成功率を調べたところ、北方向(正確には北北東)に向けたジャンプを行った場合の成功率が74%である一方で、それ以外の方向に向かって行われたジャンプ狩りの成功率は18%未満であることが判明します。
さらに、ジャンプ方向は太陽の位置や季節(温度)などの影響を受けないこともわかりました。
加えて興味深いことに、ジャンプ狩りの北への偏りは、深い雪や高い草むらなどで顕著な一方で、獲物を直接視認できるような低い草地ではあまり見られませんでした。
この結果は、キツネが何らかの方法で地球の磁場を感知して、見えない獲物に対する攻撃手段として利用していることを示します。
どうやらキツネにとって北方向には、狩りの成功率を上げる「何か」が存在しているようです。
問題はその正体です。
キツネの視覚には北方向限定で「ターゲットハッド」が存在する
なぜキツネのジャンプ狩りは北向きだと成功しやすくなるのか?
研究チームは論文において、「キツネの網膜に磁気の感知能力がある可能性が高い」と述べています。
これまでの研究において、渡り鳥などの動物の網膜には磁気を感知するタンパク質(クリプトクロム)が存在することが報告されています。
また、人間においてもMRIなどで強い磁気を受けると網膜の神経に電流が走り、目に閃光を感じることが報告されるなど、網膜と磁気は深いかかわりがあります。
そこでチームは、キツネの網膜にも磁気を感じる能力がある場合、上の図のように、北方向の斜め下側(約20度下)に明るい光、もしくは暗い影などによって形成される、ある種のターゲットハッドが存在すると考えました。
やや斜め下になっているのは、北半球では真の北はコンパスの示す北に向くだけでなく、20度ほど斜め下側となっているからです。
またこのとき、ターゲットハッドの中心点となる部分はジャンプ狩りの到達地点と一致すると考えられます。
ジャンプ狩りにおいてキツネは、おおむね一定の距離を同じように跳躍することが知られており、ターゲットハッドの中心点(到達予想地点)と耳が感知した獲物の音源が重なると「ロックオン」状態に移行して、攻撃(ジャンプ狩り)が行われると結論しました。
網膜に追加情報を表示する基礎技術になる
この研究によって、キツネは磁気を感知して距離を測定し、ジャンプ狩りを行っている可能性が示されています。
これまでにも渡り鳥や鮭などの動物が磁気をGPS代わりに利用して、渡り先や生まれ故郷の川を特定することが示されているほか、牛などの哺乳類においても、体軸を南北のラインに向けて草を食べたり休憩したりするなど、方向の指針として磁気を用いていることが知られています。
しかし、自らの攻撃の到達地点をターゲットシステムに用いている動物は確認されていません。
もしキツネが本当に磁気をジャンプ狩りに利用しているならば、磁気を距離測定(ターゲットシステム)に使用していることが発見された最初の動物となるでしょう。
ただ最終的な検証を行うには、広範囲の磁気操作を行ったり、キツネの目を新鮮なうちに摘出して磁力に反応する細胞を探すなど、より大規模かつ複雑な実験が必要になります。
ですが、もし詳しい仕組みを解明して人間に応用することができれば、網膜にハッドやインターフェイスを表示させるための、重要な神経学的基礎技術になるかもしれません。
参考文献
Predation by foxes aided by Earth’s magnetic field
https://phys.org/news/2011-01-predation-foxes-aided-earth-magnetic.html
元論文
Directional preference may enhance hunting accuracy in foraging foxes
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2010.1145