「宇宙」のインストールは最低でも60の80乗ビットの空き容量が必要なようです。
英国ポーツマス大学で行われた研究によれば、私たちの住む現実が全て巨大なシミュレーションによって構築されているとした場合に必要最低限の情報量を算出した、とのこと。
その大きさは驚異の6億の兆兆兆兆兆兆兆兆倍ビット。
(※参考までに2021年度の最新ゲームの容量が「数十ギガビット=数百億ビット」となっています)
私たちの宇宙をシミュレートしている演算機は途方もないレベルであると言えるでしょう。
研究内容の詳細は『AIP Advances』で公開されています。
目次
- シミュレーション仮説は意外に学問的な側面も存在する
- 宇宙をインストールするには「6億の兆兆兆兆兆兆兆兆倍bit」の空き容量が要る
- ムーアの法則によれば「宇宙」のインストールは500年で可能になる
シミュレーション仮説は意外に学問的な側面も存在する
この宇宙が何者かが創造したシミュレーション世界であるとする「シミュレーション仮説」は、古くから多くの人々の興味を引き立てていました。
直近では、世界で最もお金持ちであるイーロンマスク氏がシミュレーション仮説を支持し、私たちが「本当の現実」にいる可能性は10億分の1だと述べています。
またシミュレーション仮説は哲学やロマンとの相性も抜群です。
例えば、特殊相対性理論における時間の歪みは、移動する物体をシミュレートするさいに生じた負荷に対する、フレームレート適応であると見なすことができるそうです。
また重力レンズ効果は、巨大な物体の情報を出力するにあたり、ポリゴン数とモデルの忠実度の妥協の産物であるとか。
さらに、先端物理学の弦理論やM理論で扱う10次元や20次元といった存在は、画面(2D)への3Dグラフィックの投影に近い現象であるとのこと。
このような意見が飛び出てくるのも、物理学が進めば進むほど、宇宙が数式にもとづく法則に支配されていることが判明してきたからです。
一方で、シミュレーション仮説を学問として真面目に検証した研究も存在します。
以前の研究では、私たちの宇宙をシミュレートしている存在も、現実世界のプログラマーと同じくある種の「手抜き(効率化・自動化)」をする可能性に目を付け、その証拠を探し求めました。
有限の計算資源でシミュレーションを行う場合、時空を無限に滑らかなつながりとして演算するのではなく、離散的な点の集まりとして扱い、物理法則はそれぞれの点の周辺にある格子状空間の内部でのみ有効かされている可能性があります。
研究者たちが地球に届く宇宙線を分析したところ、宇宙線のエネルギー分布が、基礎となる格子の構造を反映していることが示されました。
このように、真面目なシミュレーション仮説は、世界の記述方法を情報科学に基づき再解釈するという壮大なスケールとなっています。
シミュレーション仮説の支持者たちにとって世界はあくまで、仮想空間の一種であり、既存の物理法則はフレームレートやポリゴン数などのパターンを観測した結果得られた副産物なのでしょう。
真偽はともかく、現実世界をまるでオープンワールドゲームのように再解釈するという試みは、非常に興味深いものです。
空間、時間、素粒子など現実の物理量が最終的に粒子(ドット)として存在するからには、その描写をフレームレートやポリゴン数として理解するのもあながち間違っていないのかもしれません。
表現こそ奇抜ですが、既存の物理学を新たな観点からみるキッカケになる可能性もあります。
そうなると気になってくるのが、宇宙にはどれだけの情報量が存在するかです。
つまり極論すれば「神のPC」に「宇宙」をインストールする場合、いったい何ビットの空き容量が必要になるのか? という疑問です。
宇宙をインストールするには「6億の兆兆兆兆兆兆兆兆倍bit」の空き容量が要る
「神のPC」に「宇宙」をインストールするのに必要な最低限の空き容量はいくらか?
疑問に答えるため、ポーツマス大学の研究者は、質量・エネルギー・情報の3つの等価性を論じたランダウアーの理論を元にしました。
アインシュタインによって質量はエネルギーに変わりえること(E = mc2)が既に示されていましたが、ランダウアーは理論のなかで、情報とは抽象的な数字ではなく、質量やエネルギーと同じく実体をともなった物理量であると定義しました。
そして物体の質量がエネルギーへと変換され消費されるとき、物体の情報(ビット)も失われると主張しました。
研究者はこのランダウアーの理論をもとに、陽子や中性子などにも、物理量としての情報が含まれていると考え、1個当たりの情報量を算出しようと試みました。
算出の基本となったのは、1個の粒子が持つ「質量」「電荷」「スピン」といった物理定数でした。
これら粒子固有の物理定数は、ある粒子と別の粒子の区別に使用できるため情報とみなされます。
研究者はこれら物理定数をもとに、粒子に含まれる最低限の情報を0算出していきました。
結果、陽子や中性子は1個あたり1.509ビット(1ビット半)の情報に存在するものが含まれていると判明します。
次に研究者は暗黒物質などを除いた、観測可能な宇宙に存在する粒子数の推定値を概算し、粒子あたりの情報量と掛け合わせて、宇宙に含まれる総情報量を決定しました。
すると、見える範囲の宇宙に存在する観測可能な物質の総情報量は6.036×10 80ビット(6億の兆兆兆兆兆兆兆兆倍ビット)であると判明します。
わかりやすいようにギガビットに換算すると宇宙のシミュレートに必要なPCの空き容量は6.036×10 71ギガビット、漢字文化圏の単位で表記すれば「6036無量大数ギガビット」となります。
ムーアの法則によれば「宇宙」のインストールは500年で可能になる
今回の研究により、少なくとも見える範囲の宇宙のに必要なビット数が判明しました。
私たちの宇宙は無数の粒子1つ1つを区別しつつ、それらを同時に動かし続ける物理エンジンで構成されているのかもしれません。
現在の人類にはとても到達できない領域ですが、永遠に達成不能かと言われるとそうでもありません。
コンピューターの急速な発展によりコンピューターの性能(集積密度)は1年半から2年ごとに2倍になるというムーアの法則が知られています。
ムーアの法則と連動して記憶容量も増えていけば、コンピューターの記憶容量も500年後には6.036×10の71乗ギガビットに到達すると予想されるからです。
(※ムーアの法則には最近になって再び限界もみえはじめている)
さらに600年後、700年後となれば、6.036×10の71乗ギガビットの情報を同時に処理できレベルまで到達するでしょう。
宇宙のシミュレートが可能な技術レベルに到達するのは、思ったよりも近いのかもしれません。
なお、今回の研究は非常にチャレンジングな試みであったものの、それゆえに問題も多く含んでいます。
例えば、算出に用いた粒子は陽子や中性子といった観測可能なバリオン粒子に限られており、暗黒物質は含まれていません。
研究者によれば、暗黒物質などの情報を含めた場合には、さらに10兆倍クラスの追加が必要であり、最終的には10の93乗ビットの情報量に及ぶ可能性があるとのこと。
加えて、研究で用いられた算出法はあくまで最大限に圧縮された(必要最低限度)の情報量を導き出すものです。
つまり研究によって得られた「宇宙」は「zip」状態にあり、インストールして稼働させるには、より大きな容量が必要になります。
研究者は今後も宇宙の総情報量の推測を続け、より正確な数値を目指していくと述べています。
700年後の未来では、人々のPCに1つずつ別の宇宙がシミュレートされているのかもしれません。
参考文献
If the universe is a giant computer simulation, here’s how many bits would be required to run it
https://www.livescience.com/how-many-bits-in-the-universe
元論文
Estimation of the information contained in the visible matter of the universe
https://aip.scitation.org/doi/full/10.1063/5.0064475