恒星間航行をはじめて行う生物はクマムシになりそうです。
NASAが資金提供するカリフォルニア大学の宇宙計画「スターライトプロジェクト」によれば、手のひらサイズの薄い帆を持つ宇宙船を「光速の30%」まで加速させ、恒星間航行を行う計画があるとのこと。
また、宇宙船の搭乗員かつ被検体には、過酷な環境に耐えるクマムシが有力候補として挙がっているようです。
もし計画が実現すれば、恒星間航行(片道切符)を最初に行った生物としてクマムシが歴史に刻まれるでしょう。
研究の詳細は、今年1月付で科学雑誌『Acta Astronautica』にて公開されています。
目次
- クマムシを「光速の30%」まで加速する計画
クマムシを「光速の30%」まで加速する計画
クマムシは絶対零度から水の沸点を超える温度に耐え、水や空気がない宇宙空間でも裸一貫で10分以上生き残ることができます。
さらに、大半の生命にとって致死的な宇宙放射線にも耐えることが可能です。
そんな地球生命としてオーバースペックなクマムシはこれまで、たびたび、人類による無茶な生物実験の対象として駆り出されてきました。
ですがその脅威の耐久性能のお陰で今回、NASAが資金提供する恒星間航行計画「スターライトプロジェクト」の有力な搭乗員兼被検体に選ばれることになりました。
どうやって「光速の30%」まで加速させるのか
スターライトプロジェクトは「現実的な経済性の範囲」で行う恒星間航行法として、”指向性エネルギーを用いた相対論的速度での星間移動”を計画しています。
つまり簡単に言えば、お金をかけずに亜光速を出せる宇宙船を開発する、ということです。
その方法として、超軽量の薄い帆を持つ宇宙船に、地球からレーザーをあて続けることを提案しています。
光子は質量がないものの運動量は持っているため、宇宙空間で懐中電灯に照らされた物体は、光のあたる方向とは反対側に、ゆっくりと加速することが可能です。
このレーザーによる加速が優れている点は、宇宙船本体に燃料を積む必要がない点があげられます。
加速に必要なレーザー(指向性エネルギー)はすべて地球から発せられるため、地球側がレーザーを発し続ける限り、宇宙船は加速し続けることが可能です。
研究によれば、米国の総発電量の1割あまりを20年間ほど流用することで、最終的に宇宙船を光速の30%にまで加速させられると述べています。
目標地点となっているのは、地球から4光年ほどの最も近い恒星系であるプロキシマケンタウリに存在する2つの惑星のいずれか、とのこと。
乗組員は「クマムシ」しかいない
ただ燃料を積まないという性質上、宇宙船の内部は宇宙空間と同じ極低温にならざるをえません。
また搭載される生物は20年間におよび外部からの栄養なしに生命活動を維持する必要があります。
さらに計画されている宇宙船には、宇宙放射線を防護するシールドは搭載不可能なため、放射線に対する耐性を備えている必要があります。
そのような環境に耐えられる多細胞生物として研究者たちの目にとまったのが、クマムシでした。
クマムシの耐久性能があれば、過酷な旅の間、生存することが可能かもしれないからです。
ただ載せられる側のクマムシにとって、1つだけ問題点があります。
それは事実上「減速手段がない」という点です。
つまりクマムシを乗せた宇宙船は光速の30%まで加速したのち、目的地のプロキシマケンタウリの惑星に、同じく光速の30%で突っ込むことになるのです。
クマムシがいくらタフでも、亜光速で惑星の大気や地表に激突すれば、分子レベルにまでバラバラになるでしょう。
しかし研究者たちは「それもまた本計画の利点だ」と述べています。
下手に減速手段をつけてクマムシが惑星に生きたまま漂着すれば、地球生物が他星系の環境を汚染するリスクがあるからです。
クマムシにとっての恒星間航行は、文字通り死出の旅となるでしょう。
ですが実験中に採取されたデータを分析することで、恒星間航行に必要な基礎知識の収集が可能になります。
いつの日か、クマムシが命がけで集めた情報が、人間の乗る恒星間宇宙船の建造に役立つかもしれません(南無阿弥陀仏)。
参考文献
Can we – should we – send life to the nearest star?
https://earthsky.org/space/send-life-to-the-nearest-star-tardigrade-wafercraft/
元論文
Interstellar space biology via Project Starlight
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0094576521005518#!