歴史で学ぶ量子力学【改訂版・3】「私の波動方程式がこんな風に使われるのなら、論文などにしなければよかった」

シュレーディンガー方程式
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光や電子という、世界の根源的な存在に目を向けたとき、それは粒子と波動という一見矛盾した2つの性質を同時に成り立たせていることがわかってきました。

しかし、古典物理学ではその振る舞いを説明することができません。

放射線や線スペクトルの問題から、物理学者たちは原子の内部がどんな構造になっているかに興味の対象を広げていきました。

しかし、原子の内部構造を考え始めると、原子核やその周りに存在する電子の振る舞いは、やはり古典物理学では成立させることができませんでした。

ニュートン以来、世界を支配する盤石な学問だった物理学は、ここで大きな壁にぶつかったのです。

物理学者たちはもはや、使い慣れた古典物理学には別れを告げ、新しい事実に対応した新理論を作るしかなかったのです。

しかしこうして生まれた量子力学には、さまざまな奇妙な性質がありました。

「物事は確率でしかわからない」「観測するまで物事の状態は確定しない」という不可思議な理屈や、「シュレーディンガーの猫」と呼ばれる哀れな猫の思考実験、そしてアインシュタインの「神はサイコロを振らない」という言葉。

そんな誰もが聞き慣れた不思議な量子力学の議論はすべて、エルヴィン・シュレーディンガーの波動方程式が登場してから、その解釈を巡って始まります。

そして、この問題は、共に量子力学の誕生に貢献してきたアインシュタインとボーアを対立させ、議論を戦わせる原因になるのです。

彼らは量子力学の何を受け入れ、何を拒んだのでしょうか?

目次 2つの量子力学シュレーディンガー方程式は一体何を計算しているのか?それは存在確率の波ハイゼンベルクの不確定性原理コペンハーゲン解釈 2つの量子…

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参考文献

量子革命: アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突 (新潮文庫)
https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4102200819/nazology-22/ref=nosim/

歴史で学ぶ量子力学【改訂版・2】「自分が物理学など何も知らない喜劇役者だったらよかったのに」

水素原子内の電子の波動関数。軌道ごとに電子が取れるエネルギー状態のパターンでもある。
Credit:en.Wikipedia

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歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】
歴史で学ぶ量子力学【改訂版・2】※本記事
歴史で学ぶ量子力学【改訂版・3】
歴史で学ぶ量子力学【改訂版・4】

20世紀のはじめ、第一次大戦が終りを迎えた頃、物理学は光の「波動説」と「粒子説」の2つの間で揺れていました。

光が矛盾するどちらの性質でも成立してしまったために、皆が困惑していたのです。

1922年、アーサー・コンプトンがコンプトン効果を発見したことで、光の粒子性は決定的なものになっていました。

コンプトン効果とは、電子にX線をぶつけたとき、弾かれて散乱したX線の波長が伸びるという現象のことです。

波長が伸びるということは、X線が電子にぶつかってエネルギー(運動量)を失ったことを意味しています。

しかし波は運動量を持ちません。

この現象を説明するためには、X線が実は粒子であり、ビリヤードの玉のように電子にぶつかって運動量を奪われたと解釈するしかないのです。

こうして、この時代の物理学者たちは、月曜と水曜と金曜は光の波動論を教え、火曜と木曜と土曜は光の粒子論を教えなければならない、と冗談交じりに愚痴るような状況になりました

それは目で見て頭でイメージできる馴染み深い古典物理学の世界が、崩壊したことを意味していましたが、まだこのとき多くの物理学者たちはその事実を受け入れることができなかったのです。

目次 物質の全ては波パウリの排他原理誰もノーベル賞をもらえなかった電子スピン理論もう一人の天才 ハイゼンベルク 物質の全ては波 物理学の常識では同時…

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参考文献

量子革命: アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突 (新潮文庫)
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歴史で学ぶ量子力学【改訂版・1】「量子論に出会って衝撃を受けないものは、量子論がわかっていない」

量子力学の誕生に貢献した科学者たち
Credit:depositphotos,canva,Wikipedia,ナゾロジー編集部

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はじめに 「量子力学」を考える上での注意

量子力学が難解な学問という認識は、誰もが抱いているでしょう。

では、なぜ量子力学は難しいのでしょう?

その理由は、量子力学が本来は頭の中でイメージできるような概念を持っていないためです。

とはいえ、量子力学に関するさまざまな図解やたとえ話は、誰でも一度は目にしたことがあると思います。

しかし、実のところ、それらはすべて厳密には正しくないのです。

物理学とは、ニュートンからはじまり、目に見える現象の数々を説明する学問として発展してきました。

ところが、あるときこの理論が崩れ去り、既存の理論では一切説明のつかない事実が次々と発見されたのです。

それはたとえば、光が波として性質と、粒子としての性質どちらでも成立してしまう、というような問題です。

これは頭でイメージしようとしても(あるいは図に描こうとしても)、思い描くことが不可能です。

そのため、物理学者たちはこのイメージできない新しい理論を「量子力学」と呼び、これまでの物理学(古典力学)と切り離しました

しかし、物理学者も私たちも(数学者を除き)、何が起きているのかイメージできない問題を考えることは非常に不得意で、あまり好きではありません。

そこで、物理学者たちは、馴染み深い古典力学の概念を使って、なんとか量子力学の現象を可視化しようと試みました

これが私たちのよく知る、量子力学の図説になったのです。

つまり私たちが知っている量子力学に関する説明は、すべて、本来はまったく異なる概念である、古典力学によって無理やり描き出したイメージなのです。

そのため、同じ量子力学の問題でも、解説してる本やサイト、人物によって、全然説明の仕方や解釈が異なってしまう場合もあります。

物理学者たちは、こうした問題をきちんと自覚した上で、うまく利用していますが、私たちはこの事実を理解していないため、頭がこんがらがってしまうのです。

これからはじめる量子力学のお話しも、できる限り視覚的なイメージを交えて解説していきますが、それはあくまで古典力学に置き換えた場合のイメージであって、正しい姿ではないのだということに注意してください

量子力学はすべて、本来はイメージすることが不可能な問題であることを念頭におきながら見ていけば、多少は量子力学の理不尽な説明にも納得できるかもしれません。

目次 量子の発見波? 粒子? 浮上した2重性の問題物理学を揺るがしたもう一つの問題 「原子の中身」コペンハーゲン学派の開祖 ニールス・ボーアの登場 …

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参考文献

量子革命: アインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突 (新潮文庫)
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2021年に話題となった「壮大な宇宙ニュース」ランキング

地球から約3100万光年離れた場所にある渦巻銀河「NGC3627」
Credit:ESO/PHANGS

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2021年もまもなく終わりを迎えようとしています。

地上は新型コロナウイルスでさんざんでしたが、ひとたび地球を離れ宇宙へ目を向けると、そこにはさまざまな新しい発見がありました。

火星探査機パーサヴィアランスが火星に降下し、月面の探査機が謎の物質を見たと報告したり、民間人が宇宙へ行ったり…。

その中で今年世間を騒がせた興味深い宇宙関連の記事をランキング形式で紹介します。

SFまがいの夢にあふれる宇宙の話題で今年を壮大に締めくくりましょう。

目次 2021年話題を読んだ宇宙関連記事 BEST5 2021年話題を読んだ宇宙関連記事 BEST5 第5位 土星が傾いている原因は「衛星タイタン」…

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2021年の「年末にガッツリ読みたい科学解説ランキング」ベスト5!

がっつり解説しよう!
Credit:depositphotos

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年末年始の長期休暇で、ボリュームのある科学の解説をじっくり読んでみたいという人向けに、今回は2021年に人気のあったガッツリ読める科学解説記事を5本紹介。

頭の体操にもなりそうな、知的好奇心を刺激するお話で、充実した年末年始を過ごしてください。

目次 2021年ガッツリ読める科学解説記事 BEST5 2021年ガッツリ読める科学解説記事 BEST5 第5位 宇宙を膨張させる未知のエネルギー「…

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一時的な温暖化が13世紀末の「小氷期」に関わっていた

14世紀半ばから19世紀半ばにかけて地球は小氷期だった
Credit:canva

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実は13世紀末から19世紀にかけて、地球は小氷期と呼ばれる過去1万年間でもっとも寒い期間の1つでした。

この小氷期がなぜ発生したかについては、未解決の問題であり決定的な原因は明らかとなっていません。

しかし、マサチューセッツ大学の新しい研究は、意外なことに小氷期が始まる直前に非常に温暖な時期があり、それが小氷期を起こすきっかけになっていたと報告しているのです。

矛盾した話のようにも感じますが、温暖化が地球全体の寒冷化の引き金になる可能性があるようです。

研究の詳細は、12月15日付でオープンアクセスジャーナル『Science Advances』に掲載されています。

目次 14世紀に始まった地球の小氷期温暖化が急激な寒冷化を招いた太陽活動と地球の空気が綺麗すぎた問題 14世紀に始まった地球の小氷期 一般的なイメー…

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参考文献

Winter is coming: Researchers uncover the surprising cause of the Little Ice Age
https://phys.org/news/2021-12-winter-uncover-ice-age.html

元論文

Little Ice Age abruptly triggered by intrusion of Atlantic waters into the Nordic Seas
https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abi8230

ニュートン力学に違反したアニメを見ると「イヌは異変を感じて驚く」

アニメの中で物理学に違反した動きがあると、犬はちゃんと疑問を感じて驚く
Credit:canva

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犬は物理法則をきちんと理解しているようです。

ドイツのウィーン獣医大学(University of Veterinary Medicine Vienna)の新しい研究は、3Dアニメーションで表示されたボールが、物理法則を無視したとき、犬は瞳孔や注視時間などに反応があったと報告しています。

瞳孔や対象の注視時間の延長は、期待と異なる動きがあった場合に見られる反応で、乳幼児などでも確認できるといいます。

研究の詳細は、12月22日付で英国王立協会が発行する科学雑誌『Biology Letter』に掲載されています。

目次 物理法則を理解しているイヌ 物理法則を理解しているイヌ 私たちは物体がどのように動くのかというルールを理解しています。 人間はそれを定式化して…

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参考文献

Dogs notice when computer animations violate Newton’s laws of physics
https://www.newscientist.com/article/2302655-dogs-notice-when-computer-animations-violate-newtons-laws-of-physics/?utm_campaign=RSS%7CNSNS&utm_source=NSNS&utm_medium=RSS&utm_content=news

元論文

Dogs’ looking times and pupil dilation response reveal expectations about contact causality
https://royalsocietypublishing.org/doi/10.1098/rsbl.2021.0465

ついに「小惑星リュウグウ」のサンプルを詳細分析した論文が発表される

2018年にはやぶさ2の望遠カメラで20kmの距離から撮影された小惑星リュウグウ
Credit:JAXA, 東京大, 高知大, 立教大, 名古屋大, 千葉工大, 明治大, 会津大, 産総研

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今から約1年前、探査機「はやぶさ2」が「小惑星リュウグウ」から回収したサンプルを地球へ送り届けました。

その貴重なサンプルが詳細に分析され、今回2本の論文として宇宙航空研究開発機構(JAXA)などの研究チームから発表されました。

それによると、リュウグウは非常に暗く、多孔質であり、これまで科学者たちが入手した物質の中で、もっとも古い太陽系材料が含まれているといいます。

現在のところ予想外の発見があったわけではありませんが、これは45億年前の太陽系形成以来、ほぼ変化がないまま保存されたサンプルであり、太陽系天体の形成を理解するための最上級の手がかりであることは確かです。

この分析結果は、12月20日付で科学雑誌『Nature Astronomy』に2つの論文として発表されています。

目次 もっとも古い太陽系の資料 もっとも古い太陽系の資料 小惑星リュウグウから回収されたサンプルの詳細分析が完了し、今月2本の論文としてその結果が発…

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参考文献

We Finally Have The First-Ever Analysis of Stardust Retrieved From The Ryugu Asteroid
https://www.sciencealert.com/scientists-have-analyzed-ancient-stardust-collected-from-asteroid-ryugu
天文学:持ち帰られたリュウグウの試料の初見
http://www.natureasia.com/ja-jp/research/highlight/13922

元論文

Preliminary analysis of the Hayabusa2 samples returned from C-type asteroid Ryugu
https://www.nature.com/articles/s41550-021-01550-6
First compositional analysis of Ryugu samples by the MicrOmega hyperspectral microscope
https://www.nature.com/articles/s41550-021-01549-z

NASA探査機が火星のジェゼロクレーターで有機物を発見

パーサヴィアランスの撮影したジェゼロクレーターの三角州。見やすいように色調補正されている。
Credit:NASA/JPL-Caltech/ASU/MSSS

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2021年2月に火星へ降り立った探査機「パーサヴィアランス」は、現在火星のジェゼロクレーターを調査しています。

この調査結果の最新情報が、12月15日にアメリカ地球物理学連合秋季大会(American Geophysical Union fall science meeting)で発表されました。

それによると、ジェゼロクレーターは火山から流れ出たマグマがもとになって形成されている可能性が高く、クレーター内の岩石は何度も水と相互作用しており、一部は内部に有機分子を含んでいたとのこと。

これはまだ水があった時代の火星の歴史を明らかにする新しい証拠となりそうです。

 

目次 ジェゼロクレーターの有機分子を含む岩石 ジェゼロクレーターの有機分子を含む岩石 有機分子の発見と聞くと、すぐに生命の痕跡と結びつけて考えてしま…

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参考文献

NASA’s Perseverance Mars Rover Makes Surprising Discoveries
https://www.jpl.nasa.gov/news/nasas-perseverance-mars-rover-makes-surprising-discoveries
Organic Molecules Have Been Confirmed in The Jezero Crater on Mars
https://www.sciencealert.com/perseverance-has-discovered-organic-molecules-in-mars-jezero-crater

周期的な大量絶滅の原因「太陽の双子ネメシス」の存在を示す新たな証拠

塵の雲に囲まれた連星系HD 98800のイメージイラスト
Credit: NASA/JPL-Caltech/T. Pyle (SSC)

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太陽系は実は2つの恒星を持つ連星系であるという仮説が存在しています。

そのもう1つの星は「ネメシス」と呼ばれていて、非常に暗く小さい褐色矮星で、太陽から9万5000天文単位という非常に離れた軌道を周回しているとされています。

この問題に関連しそうなある事実が、2017年に科学雑誌『王立天文学会月報(Monthly Notices of the Royal Astronomical Society)』に報告されています。

この研究によると、太陽のような星は、基本的に連星で誕生しているというのです。

「ネメシス」は地球の大量絶滅周期に関連するとされており、その名前は「神の怒り」を擬人化したギリシア神話の女神の名に由来します。

 

目次 大量絶滅周期と幻の連星「ネメシス」太陽は双子だったかもしれない 大量絶滅周期と幻の連星「ネメシス」 地球では過去に5回の大量絶滅があったとわか…

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参考文献

Our Sun May Have Been Born With a Trouble-Making Twin Called ‘Nemesis’
https://www.sciencealert.com/our-sun-could-have-been-born-with-a-twin-called-nemesis

元論文

Embedded binaries and their dense cores
https://academic.oup.com/mnras/article/469/4/3881/3795556?login=true